2020年04月16日

漂流者冥福碑

DSCN4047(1).jpg



DSCN4048(1).jpg


父島奥村の山すそにある
漂流者冥福碑。

村の指定有形文化財となっています。
https://www.vill.ogasawara.tokyo.jp/kyouiku/kyouiku_bunkazai/

設置したのは
文久2年8月(1862年9月)、江戸幕府です。

碑の中央上部に「冥福」とあります。

下部には
右から時代が古い順に名前書かれています。

そのあとに、、
「以上十七人者享保元文間年月不分明死於小笠原嶋中」
なっています。

つまり幕府が把握していた
小笠原で亡くなったであろう人の名前です。

歴史家の方が調べた結果では
小笠原で亡くなったのが確実なのは初めの1人だけです。

残りの方は
鳥島だったりしたようです。

さて、その初めの1人ですが、
「阿州浅川浦 船頭勘左衛門 寛文九年冬死小笠原島中」
とあります。

実際に亡くなったのは、
寛文十年になってからだったようです。

また勘左衛門ではなく、勘右衛門のようです。

この船のメンバーがたどりつき、
後に本州まで戻り、幕府に報告しています。

これが
記録のある日本人がこの島にたどり着いた最初です。
寛文10年、1670年のことでした。

1593年、小笠原貞頼が発見というのがありますが、
これは事実に基づくものではありません。
posted by mulberry at 16:12
"漂流者冥福碑"へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。