2014年01月12日

「日本人はなぜ日本のことを知らないのか」(竹田恒泰)

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本書は2部構成で
第Ⅰ部が「日本はいつできたのか」
第Ⅱ部が「子供に読ませたい建国の教科書」

Ⅱ部は中学の歴史教科書をイメージして書かれています。
古代から律令国家のあたりまで書かれています。

http://www.php.co.jp/nihonnokoto/

著者は神話を重要視しています。

理由としては
「文字のない時代に起きた建国を説明するには
 神話をもって語る以外に方法はない。」からです。

その基本となるのが
「日本書紀」「古事記」です。

正史であり神話ではあるけど、
真実ととらえるのが彼の考えです。

著者は
神武天皇が即位した年月日年が日本の国の始まりとしています。

皇紀しかり、建国記念日しかり、です。


天皇という表現は
608年遣唐使で使われたのが最初だそうです。

日本という表現は
702年遣唐使からだそうです。

元号は
645年大化が使われたのが始めです。



「神話を知ることは、日本を知ること。」
そんな風に著者は言ってると思います。


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2013年12月15日

「教育勅語」を読んでみて・・

昨日、とある雑誌を読んでいて、
対談記事で2人とも「教育勅語」を評価していました。

僕ら戦後世代の教育では
「教育勅語」はまったく出てきません。

戦後すぐに廃止されているからです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%8B%E9%96%A2%E3%82%B9%E3%83%AB%E5%8B%85%E8%AA%9E

確かに天皇陛下が臣民に語るというスタイルは
戦後の時代には合わないでしょう。


内容はすごくいいと思います。
特に問題のない道徳の思想だと思います。

特定の宗教の考えは入れられずに
東西の考えのいいところが取り入れられています。
(明治ですから天皇家・神道の考えは排せなかったでしょう)


一旦緩急あればというところは
当時は外国との戦争がイメージされていたと思いますが、
現在ならさしずめ大災害と読みかえればいいですね。

http://kan-chan.stbbs.net/docs/chokugo.html

http://hatijyou.exblog.jp/11914029/

http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html

http://www.h6.dion.ne.jp/~chusan55/kobore8/4132chokugo.htm

「教育勅語」を復活させようという動きもあるようですね。

文章を現代文にし、国民主権にしたりして、修正すればいいと思います。


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2013年07月18日

恐れ多くも二宮像の頭の上に乗っかるものが・・

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小笠原中学校には
二宮金次郎(二宮尊徳)像があります。

不謹慎にも
彼の頭の上に乗るものを目撃しました。

でも
さすがに中学生ではありません。笑

イソヒヨドリです。

頭の上にちょこんと乗っかっています。

僕が近づいても、ずっとそのまま。

よっぽど居心地がいいのでしょうかね。


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2013年06月15日

6/14夜、おがさわら丸硫黄島へ向かう

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6/15 旧5/7 晴れ

昨夜9時ごろ、
おがさわら丸は硫黄島に向けて出発しました。

これは年に一度の
おがさわら丸での硫黄島墓参・慰霊です。

小笠原の中学2年生(小笠原中学校・母島中学校)は
学校行事として全員がこれに参加します。

ちょうど長女・千尋もこの学年なので、乗船。

見送りに行ってきました。


戦争の傷跡がいまだ色濃く残る硫黄島。
島を見学する機会もあるので、じっくり勉強してきてほしいです。


ちなみに僕も村民枠で一度訪れています。
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub3-26.htm



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2012年06月14日

屋号の由来はここから。笑

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うちがガイド業を始めてもう10年以上経っています。

屋号は「マルベリー」。
あまりなじみのない言葉のせいか、よく意味を聞かれます。

「MULBERRY」は英語です。
桑の木・桑の実のことです。

そう聞くとわりとなじみのある植物ですよね。

でも第一義的には父島の地名から取ったのです。
「MULBERRY BAY」と英名がついている場所があります。
そこからいただきました。

今では音を取ったのか「丸縁湾」といわれています。


皆さん、屋号の由来わかりましたね。

屋号の由来
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub3-28.htm
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2011年12月12日

ニュース「伊勢 夫婦岩のしめ縄張り替え」

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12/12 旧11/18 曇り 

今朝、
伊勢市二見町にある夫婦岩のしめ縄の張り替えのニュースが
放送されていました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111212/t10014563561000.html

父島には二見という地名あります。
二見岩・二見湾・二見港など。

父島の二見岩は
この夫婦岩に見立てたのでしょう。

今は港奥、赤灯台のある堤防の先端部に岩があります。

咸臨丸が探検に来たときは
このあたりまで船が入っています。

父島の二見岩には残念ながらしめ縄はありません。
もしそれがあれば、すぐ伊勢の夫婦岩とイメージがダブるのでしょうね

本家の夫婦岩のしめ縄は
毎年張り替えられているんですね。
知りませんでした。

つい先だって寄港した「しろちどり」は
伊勢市にある水産高校の船です。
http://blogs.dion.ne.jp/mulberry/archives/10514527.html





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2011年08月09日

占領下、アメリカ海軍のワッペン(レプリカ)


8/9 旧7/10 はれ

常連のお客様から
占領下、アメリカ海軍のレプリカ・ワッペンをいただきました。

小笠原は、戦後、
1698年6月26日に返還になるまでアメリカに占領されていました。

オリジナルは
その占領下のころのワッペンですね。

デザインは
海に浮かぶアウトリガーカヌーですね。

ワッペンの下側は
「CHICHI JIMA. B. I.」です。

「B. I.」は「 BONIN ISLANDS」の略です。
つまり日本語だと「父島 小笠原(島)」 ですね。

Iさん、貴重な資料をプレゼントいただき、
ありがとうございます。

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2011年03月27日

3/27、花粉症持って帰ってきました

3/27 旧2/23 曇り

先ほど父島に着きました。
花粉症がくっついてきました。

3/24に東京着いて、その日は全然平気でした。

よく3/25は少し花がムズムズし始めました。

そして帰る日の3/26は
朝からもう鼻水出て、目もかゆくなっていました。

船に乗ってうるちに治るかと思いましたが、
結局、父島まで着いてきました。

こちらは杉がないので、
たぶんこの症状も明日にはおさまるはずです。

単なる風邪の引きはじめだったりするのが心配です。

明日にはよくなることを祈っています。
posted by mulberry at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

大久保利通撰文・篆額の碑


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龍馬伝も残すところ、あと3回になりました。
(11/10時点)

土佐で山内容堂を説得する回、大政奉還の回、
龍馬暗殺の最終回の3回で見逃せません。
http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/

及川光博扮する薩摩藩の大久保利通も
時々登場します。
http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/cast/index.html

小笠原には
大久保利通による撰文・篆額の碑があります。

明治政府開拓初期の頃の碑で扇浦にあり
「開拓小笠原島之碑」といいます。
http://www.nihonshodou.or.jp/topics/dentou/index.html

大久保が暗殺されたのが明治11年5月で、
この碑の日付は明治10年11月です。

実際に小笠原に建立されたのは大久保暗殺以降です。

明治維新の人物で、
僕がなぜか大久保利通が気にかかるのは
こんなご縁があるせいかもしれません。

大久保記事
http://blogs.dion.ne.jp/mulberry/pages/user/search/?keyword=%C2%E7%B5%D7%CA%DD%CD%F8%C4%CC
posted by mulberry at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2007年06月18日

小笠原村の硫黄島は「いおうとう」に

国土地理院では、
硫黄島のよみを「いおうとう」に変更した。

これは、
小笠原村の要望によるものである。

村役場および村議さん、
この調子で国や都相手にがんばってね。
頼りにしてますよ

http://www.gsi.go.jp/WNEW/PRESS-RELEASE/2007/0618.htm
posted by mulberry at 18:33| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

鎮魂


CIMG00286.JPG8/15 旧7/22 終戦の日
曇り、強風、海上は大シケ。

終戦の日、
小笠原村でも戦没者追悼式典が行われる。

日本固有の領土で
最初に戦場になった硫黄島。
そして玉砕。
今も昔も東京都。

僕らは
戦争を知らない時代に生まれて、
本当のつらさや悲惨さをしらない。

でもそれが当たり前の時代になりつつある。
一般の人にとって
戦争なんて何1ついいことがないと思う。

日本は江戸時代という
260年くらい太平の国であった
いい見本がある。

それを今こそ、世界に向けて発信すべきだ。
真の平和国家・日本に向けて。

平和のために
武力は本当に必要なのだろうか。
抑止力になるといわれるが、本当にそうか。
シーソーゲームのように軍拡に行くだけだと
思うんだが。
僕はそこがよく分からない。


http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub6-6.htm

戦争で 玉砕の島 今まだ帰れず:硫黄島

posted by mulberry at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

内村鑑三氏の成功の秘訣

最近問題になっている方々、
ぜひこれを読んでいただきたいですね。
その上で、本当の成功をおさめてください。

成功の秘訣にもありますが、
人生の目的は金銭を得るにあらず。
品性を完成するなり。ですよ。

武士道も、キリスト教も、
人間として、武士として、
正しい道を生きることを説いているのでしょう。

みな、道をはずさぬよう、生きていきましょう。

http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub4-5.htm
posted by mulberry at 18:18| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする