2021年06月08日

岐阜県・郡上八幡城からの展望

posted by mulberry at 08:59| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年04月17日

奥村、藤森図高墓

DSCN4692(1).jpg


DSCN4693(1).jpg




4/17  旧3/25  晴れ


奥村咸臨丸墓地にある
藤森図高(藤森圖高)墓。

https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/01soumu/archives/0701syoko_kara06.htm

この墓地は、返還後、
雨水対策でかさ上げした場所日、まとめて設置されています。

明治14年(1881年)6月18日、享年36歳。
病死です。

死因に直接言及しているものはなく、
肺炎を併発というのはありました。

もとは政府の役人として来島、

小笠原が東京府に移管された時(明治13年11月)、
初代所長が藤森氏でした。

所長としての在任期間は
わずか半年ほどでした。


なお図高の読みは正確には伝わっていません。
「とこう」と音読みで読んでいます。

墓では
図の部分は「圖」となっています。


posted by mulberry at 08:11| 東京 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

名前の由来がわからない天之浦

DSCN4648.JPG


父島の南端部には天之浦という浜があり、
すぐ西側には天之浦山とがあります。

天之浦という地名は
命名の由来がわかりません。

僕が調べた限り、
由来が書いたものを読んだことがありません。


小笠原は
かつてイギリスの探検隊がつけた地名もあります。

しかし、
この場所は「Tenoura」という表記しかありません。

これをネットで検索しても何も出てきません。
英語名でもなさそうです。


似たような名前としては
タチテンノウメ(立ち天の梅)という植物があります。

それがたくさん生えていてためとかは
あるかもしれません。


参考までに
桑にからむ地名はいくつかあります。
桑ノ木山 丸縁湾(mulberry bay)などです。

posted by mulberry at 07:56| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年03月12日

スポットライトのように日が当たる初寝浦

DSCN4725.JPG


昨日午前、ガス陽気でした。

山は
標高250ⅿぐらいからガスの中。

この初寝浦展望台も微妙な状態でした。

下の初寝浦は何とか見えました。
山並みの方はガスの中。


海岸を見ていると、
そこだけ日が差して明るくなりました。

ちょうどいいタイミングでしたね。


初寝浦、
文久の探検隊がつけた名称です。

初めて寝たので初寝です。

島の調査に出て、
この海岸で夜を迎えたことからのようです。
posted by mulberry at 08:01| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年02月07日

雨水対策、咸臨丸墓地の転石設置

DSCN4489(1).jpg


DSCN4488(1).jpg


2/7  旧1/14  曇り


奥村にある咸臨丸墓地、
雨水対策で転石設置をしていただきました。

道路からわずか50mほどですが、
まとまった雨のあとは水路になってしまいます。

スコールのあとなども、そうなりやすいです。

過去の事例
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/472149006.html

墓の場所も、その影響を避けるため、
コンクリートで固め、盛り上げてあります。

これで雨天や雨上がりも
安心して訪ねられます。

この作業は近自然工法の技術者の指導の下
やっていただきました。

ありがとうございます。

posted by mulberry at 07:41| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年02月06日

弟島・学校跡とポスト

DSCN4479(1).jpg
ポスト


DSCN4475(1).jpg
学校門



2/6  旧1/13  曇り

昨日の弟島視察では
南北の旧道縦走しました。

戦前は
弟島にも人が暮らしていました。

一の谷というところでは
学校跡やポストが残っています。

ここが
弟島の中心地だったのでしょうね。


学校は
大村尋常小学校弟島分校だったようです。

周辺はガジュマルが生い茂っています

大村尋常小学校というのは
父島のお祭り広場にあった学校です。

ポストがあるということは
郵便局もあったのでしょうか?

戦後無人島になってしまうと
こうなるのです。
posted by mulberry at 07:44| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年02月04日

今は利用されない旧道の吹上橋

DSCN4439(1).jpg
吹上橋

DSCN4438(1).jpg
昭和5年10月

DSCN4440(1).jpg
全景

DSCN4444(1).jpg
ひらがなで ふきあげばし

DSCN4441(1).jpg
旧道沿いのサトウキビ作業場

DSCN4442(1).jpg
橋の近くからの景観



かつて
境浦方面から山越えで扇浦方面に抜ける旧道がありました。

今は利用されていません。

その旧道、
境浦側は都道と、扇浦側は農道とつながっています。

扇浦側の農道とつながる直前に
吹上橋が残っています。

昭和5年10月とあります。

旧道は
この橋の近くで分岐し初寝浦の方へ通じていました。





posted by mulberry at 14:55| 東京 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

猫岩、瓢箪島、眼鏡島

DSCN4324(1).jpg


DSCN4322(1).jpg



左から猫岩、瓢箪島、眼鏡島、
兄島ウグイス浜西側にある小島です。

小島の名前の由来は形からだと思われます。

猫岩、
尖った岩が猫の耳のよう?

瓢箪島は瓢箪形。

眼鏡島は穴が空いている?

実は眼鏡島だけ
きちんと島名すら認識していませんでした。苦笑

posted by mulberry at 09:41| 東京 ☔| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年01月23日

平らな飯盛山(めしもりやま)・・今昔

DSCN4161.JPG
遠望

DSCN4165.JPG
採石場跡

DSCN4171.JPG
地質

DSCN4162.JPG
当時の道

DSCN4175.JPG
絵図

DSCN4174.JPG
絵図


父島には
飯盛山というなの山があります。

文久時代の絵図では
しっかり盛り上がっています。

まさに飯盛(めしもり)山。

現在は、平らです。

僕が島に移住した頃、ここは採石場でした。

当時は
ダンプカーも上に上がっていました。

採石場跡は真っ平ら。

洲崎周辺は
文久時代から見ると、かなり地形が変わっていますね。


posted by mulberry at 08:00| 東京 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年01月20日

象鼻﨑、今・昔

DSCN4076.JPG


DSCN4068.JPG


DSCN4070.JPG


DSCN4069.JPG


DSCN4065.JPG


DSCN4066.JPG


1/20  旧12/26  晴れ

洲崎にある象鼻﨑は
過去と現在では大きく形を変えています。

絵図は
幕末、文久の探検隊(1862年)のころ。

今は削られて、
平らな磯になっています。

自然崩落とは思えません。

昭和10年代、
洲崎に飛行場がつくられました。

その時に削られたものでしょうか?

posted by mulberry at 07:25| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2020年01月15日

西島・瓢箪島・人丸島

DSCN4009.JPG


1/15  旧12/21  曇り


父島北西部のある小島。

写真の左から
西島・瓢箪島・人丸島。

上陸したことがあるのは西島だけ。

西島だけは
内陸部に一部私有地があります。

瓢箪島は
形が島名の由来と思われます。

人丸島は
柿本人麻呂に似ている部分があるからの由来です。

posted by mulberry at 07:53| 東京 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2019年12月31日

景色が見えないなあ・・(福田氏の独り言)

DSCN3920(1).jpg


DSCN3919(1).jpg



DSCN3921(1).jpg


12/31  旧12/6  曇り


まちを見下ろす場所に
福田篤泰氏の胸像があります。

福田篤泰先生之像と
書いてあります。

先生の目線で見てみると、
前のギンネムが邪魔してまちが見えません。

残念です。

福田さんにちゃんと見えもらうために、
定期的に前方の樹木の伐採が必要ですね。







posted by mulberry at 07:27| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2019年08月21日

ガジュマル林に残る井戸

DSCN2708(1).jpg


8/21  旧7/21  晴れ

ガジュマル林に残る井戸です。

ここは戦前の人家あとの場所。

井戸の深さは5m以上ありそう。

水位は低いときが多いですが、
雨期などはかなり上がっています。

この場所にかが多いのは、
これがあるからかもしれませんね。

ボウフラは
止水の場所で蚊になるそうですね。





posted by mulberry at 07:10| 東京 🌁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

まとまった雨で川になる咸臨丸墓地

DSCN2533.JPG


咸臨丸(乗組員)墓地、
奥村の旭山山すそにあります。

まとまった雨が降ると、
ここに水が流れ込んで、いつも川ができています。

墓地に行くにも
川を越えなければなりません。

元気な人なら、
飛び越えられる程度ですが、困ったものです。

墓や史跡は
コンクリートで少し高くした上にあります。

これは返還以降の整備です。

posted by mulberry at 15:18| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

大久保利通、撰文・篆額の碑(開拓小笠原島之碑)

DSCN0231(1).jpg
開拓小笠原島之碑(小笠原開拓碑)

DSCN0235(1).jpg
篆額

DSCN0234(1).jpg
本文・臣利通

DSCN0233(1).jpg
署名・大久保利通撰文ならびに篆額


明治維新の3傑のうち、
大久保利通が小笠原に足跡を残しています。

といっても、来島したわけでなく、
碑への撰文やそ篆額です。

扇浦にある
開拓小笠原島之碑(小笠原開拓碑)がそうです。


大久保利通の名は
本文で「臣利通」として出てきます。

碑文最後には
「大久保利通撰文ならびに篆額」として刻まれています。

ぜひ訪ねて見て下さい。

碑文もまだしっかり読めます。

http://bunkazai.metro.tokyo.jp/jp/search_detail.html?page=1&id=416


posted by mulberry at 10:41| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2019年01月21日

知る人ぞ知る、藤森圖高(藤森図高)之碑

DSCN0028(1).jpg


DSCN0025(1).jpg
篆 田辺太一 撰・書小花作助

DSCN0029(1).jpg
案内板


扇浦にある藤森圖高之碑。
名前の読みは「とこう」となっています。

立派な案内板があるにもかかわらず、
場所はわかりにくい状態です。

道もついてはいますが、
雑草などがしげる状態。

知る人ぞ知る状態。

これでは
訪れる人もあまりいないでしょうね。

史跡に指定もされていません。

碑の面もはがれている箇所があります。


藤森氏、何者かというと、
明治政府から東京府に移管されたときの
東京府小笠原出張所初代所長です。

在任中の明治14年6月18日に病没。
享年36歳。

それゆえ、
明治政府の小笠原開拓にかかわった
田辺太一が篆額、小花作助が撰文・書なのですね。

奥村には墓もあります。


この碑は、小笠原支庁の管理下において、
きちんと整備するのがいいのかもしれませんね。

大大大先輩として。
posted by mulberry at 14:34| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2018年12月19日

時雨ダムと時雨滝

DSCN8778.JPG



12/19  旧11/13  晴れ

躑躅山北部の稜線から見下ろした風景です。

左のダムが時雨ダム。
返還後できたものです。

そこから右下に続く谷の最後当たりが
時雨滝(時雨の滝)。

時雨の滝とは
幕末の探検隊がつけた名称です。

冬場の探検だったので、
水量が少なかったようです。

この滝の手前あたりの谷は
野伏間谷。

オオコウモリがいたようです。

昼間に見ているはずなので、
ねぐらになっていたのでしょうね。
posted by mulberry at 08:44| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2018年11月20日

「小笠原凧」作り方教室(4回目)

DSCN8478.JPG


4回目の教室。

作業がはかどらず、
完成まではいきませんでした。

まず
調整した張糸をきちんと結びました。

そのあと、糸目調整。

バランスのいい調整が
なかなかむずかしい。

ここは
指導の方に調整してもらいました。

このあとは糸目の仕上げ。
次回で間違いなく完成ですね。




posted by mulberry at 08:13| 東京 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2018年11月19日

「小笠原凧」作り方教室(3回目)

DSCN8468(1).jpg
糸目つけ


DSCN8469(1).jpg
張系つけ


11/19  旧10/12  晴れ

11/18夜、
3回目の作り方教室。

この夜は
たこ糸を使って、糸目付けや張糸付け作業。

細かい作業で
老眼にはつらい作業です。苦笑

糸のしばり方が
いまいちわかりにくいですが、まあなんとか・・・。

今夜は張り糸や糸目を調整します。

いよいよ完成までいくでしょうか?


posted by mulberry at 08:08| 東京 ☁| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする

2018年11月13日

「小笠原凧」作り方教室(2回目)

DSCN8414.JPG


11/13  旧10/6  曇り


「小笠原凧」作り方教室2日目。

前回、色塗りが終わりました。
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/462681093.html

今回は
骨組み・紙貼りまで作業しました。

骨組みがやや面倒でした。

12年前は
糊で直接紙に貼りました。

今回は
まず骨組みだけをガンを使ってとめて、
それから糊で神につけました。

写真は今回の終了時です。


ここまでは順調。
次回からは糸付けです。

あと1-2回で完成します、きっと。
posted by mulberry at 07:33| 東京 ☀| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする