2020年02月04日

軍事施設に残る「岡田乾電池」

DSCN4427(1).jpg


2/4  旧1/11  晴れ

巽谷砲台砲側弾薬庫の思われる場所で
見つけたもの。

複数ありました。

「岡田乾電池」
岡田電気商会と書いてあります。

戦後は東芝電池となりました。

今の乾電池とは形が違うので、
どういう風に使うのかよく分かりません。

島内では
ここでしかこの乾電池を見たことはないです。
posted by mulberry at 07:44| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年02月03日

もともとの巽谷砲台

DSCN4431(1).jpg
砲座

DSCN4423(1).jpg
砲測弾薬庫?  その1

DSCN4424(1).jpg
内部


DSCN4427(1).jpg
岡田乾電池

DSCN4430(1).jpg
金属の箱  中身は?


DSCN4432(1).jpg
砲測弾薬庫?  その2


DSCN4421(1).jpg
建物跡

DSCN4418(1).jpg
建物跡


DSCN4414(1).jpg
定平山  発電機?


DSCN4406(1).jpg
定平山 探照灯



2/3  旧1/10  晴れ


巽谷砲台の調査に出かけました。

西海岸から
沢筋を上りたどりつきました。

まず定平山には
探照灯と発電機と思われる残骸がありました。

その後、少し下ったなだらかな地形で
巽谷砲台も見つかりました。

建物跡と思われるものが2ヶ所。

さらに道を進むと、
砲測弾薬庫や砲座などが見つかりました。

ここは
三八式十二糎榴弾砲が4門据えられていました。

戦争末期に移動され、
父島には朝立岩付近に2門残っています。

posted by mulberry at 16:17| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年02月02日

壕の中の短い鍾乳石

DSCN4370(1).jpg


DSCN4367(1).jpg


2/2  旧1/9  晴れ


父島は南島やジョンビーチ付近以外は
火山岩の島。

そのため、
島内では鍾乳石はほとんど見られません。

まれに、
短い鍾乳石が見られる場所があります。

この場所は戦時中の壕。
つまり洞窟陣地跡。

穴ができて70数年です。

したがって、
この鍾乳石も、そのくらいの年数です。

短いのか、長いのか?


posted by mulberry at 08:14| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月28日

北大東島「歩兵第三十六連隊 第二大隊守備記念碑」

PA043898(1).jpg
碑正面

PA043902(1).jpg
碑裏面

PA043900(1).jpg
近くの壕

PA043901(1).jpg
壕の中の残骸?

PA043903(1).jpg
不明?

2013年10月、北大東島訪問。

北大東灯台近くにあった碑です。

正面:歩兵第三十六連隊 第二大隊守備記念碑

裏面:大東亜戦争熾烈極まる昭和十九年七月より
   昭和二十年八月十五日終戦に至る間、北大東島守備の大任に就く。
   終戦四十周年を迎え、永遠の平和を記念しこれを建立する
   
   昭和六十年八月 歩三六戦友会 北大東村


となっています。

posted by mulberry at 16:48| 東京 ☔| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月24日

西海岸を見下ろす崖の上の陣地

DSCN4280(1).jpg

DSCN4282(1).jpg

DSCN4277(1).jpg


1/24自主トレ6日目、
元の巽谷砲台へのルート探し。

結局、うまく見つかりませんでした。
そのうち再チャレンジします。

さまよいながら出たのが
西海岸を見下ろす崖の上。

監視所や陣地跡がありました。

ちなみに巽谷砲台は
この崖の上ではありません。

もっとずーっと下の方です。

谷の方からの砲台です。
据えていたのも榴弾砲。
posted by mulberry at 14:52| 東京 ☁| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月23日

海軍標石一~十二

DSCN4231(1).jpg


DSCN4246(1).jpg


DSCN4245(1).jpg


DSCN4243(1).jpg



DSCN4233(1).jpg



DSCN4239(1).jpg


DSCN4240(1).jpg


DSCN4242(1).jpg
十一
DSCN4241(1).jpg
十二


DSCN4247(1).jpg
サイズ


夜明山周辺に点在する海軍標石。

一から十二までは確認していますが、
六から八がまだ未確認。

どこかにあるとは思うのですが、
今後調査します。


大型の標石で
30cm角で、高さは約120cmほどです。

この標石は
海軍通信隊送信所や海軍航空隊送信所の近くにあります。

いわゆる境界標ようなものなのでしょうか?




posted by mulberry at 13:08| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月21日

陸軍高山観測所

DSCN4117(1).jpg

DSCN4115(1).jpg


DSCN4119(1).jpg

DSCN4114(1).jpg

DSCN4113(1).jpg


陸軍高山観測所。

高山山頂直下にあります。

対戦前、1935年(s10)、
大村第一砲台の観測所として移設されたもの。

今でも、しっかりとしています。

父島の西側が一望です。

現状、高山山頂まではルートになっていますが、
ここは見学できるよう配慮・整備されていません。




posted by mulberry at 09:52| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

陸軍南崎陣地

DSCN4143(1).jpg

DSCN4148(1).jpg

DSCN4144(1).jpg

DSCN4145(1).jpg

DSCN4147(1).jpg

DSCN4146(1).jpg


陸軍の南崎陣地あと。

ジョンビーチとジニービーチの間、
丘の上にあります。

資料によると、
砲台や照空分隊陣地があったようです。

地質は石灰岩です。

なお、現在、
このエリアは観光ルートではありません。
posted by mulberry at 08:08| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月13日

三日月山展望台崖下の壕

DSCN4012(1).jpg
防火用水

DSCN4017(1).jpg
かまど

DSCN4015(1).jpg
監視所・貯水槽


DSCN4013(1).jpg
展望



三日月山展望台は
二見湾を見下ろす崖の上にあります。

その崖下で
岩をくりぬいて作った壕があります。

10年ぶりくらいに訪れました。

出入口は上中下3か所で、
傾斜のある通路でつながっています。

監視所も1つあります。

全長は150ⅿ以上はありそうです。

一番下の入口付近には
防火用水と書いた丸い水槽。

上の入口付近には4連式のかまど。

監視所の脇には貯水槽。

監視所からは
二見湾が一望です。

posted by mulberry at 11:11| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月12日

大村第二砲台地下洞窟(立入不可)

DSCN4001(1).jpg
観測所

DSCN3997(1).jpg
砲座 その1

DSCN4000(1).jpg


DSCN3998(1).jpg
展望


DSCN3996(1).jpg
砲座 その2

DSCN3994(1).jpg
展望

DSCN4003(1).jpg
説明板



大村第二砲台地下洞窟は
現在、金網が張られ、立入不可です。

内部には
砲座2と観測所1があります。

ここには
戦争末期、四五式十五糎加農砲がすえられました。

砲はまったく残っていません。

ここからの展望は素晴らしいです。

崩落防止対策取って、見学できるようにしたら、
人気のスポット間違いなしです。

もったいない。残念。


posted by mulberry at 09:09| 東京 ☁| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月10日

有効活用の大村第二砲台砲側弾薬庫

DSCN3988(1).jpg


DSCN3989(1).jpg


大村第二砲台あとには
砲側弾薬庫4つが残っています。

うち3つは放置状態で、
1つだけ道沿いにあり、見学が可能。

かなりしっかりしていて、
危険性もほぼありません。

3つのつくりは
いずれも外扉と内扉の二重構造です。

内扉の内部のサイズはほぼ同じと思います。
内部は白く塗られています。


そして残る1つは
気象庁津波地震早期検知網観測局となっています。

さすがに
中は見たことがありません。

たぶん
内部のつくりは同じかと思います。


posted by mulberry at 09:46| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

保革油の蓋

DSCN3948.JPG


とある場所で、
陸軍被服本廠の保革油蓋が落ちていました。

島で僕が見たのはこれで2つめ。

いずれも蓋だけで
本体の部分はありません。

保革油ですから、
中身は固形の油のはずです。

75g入りなので、小さな瓶か缶か、
どちらでしょうか?
posted by mulberry at 12:45| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年01月04日

海軍振分山平射砲台

DSCN3952(1).jpg
砲台 その1

DSCN3953(1).jpg
内部


DSCN3949(1).jpg
砲台 その2


DSCN3950(1).jpg
内部


DSCN3951(1).jpg
内部


海軍の振分山平射砲台2つ。

大砲は残っていません。

戦時中に、
別な場所に移設されたようです。

十二糎高角砲が据えられていたようです。

ここは岩場を掘った洞窟陣地ではなく
コンクリートのトーチカです。

父島では
このタイプの平射砲台は珍しいですね。

陣地の上は
土と植物(サイザルアサやリュウゼツラン)で
おおわれています。

この砲台の周辺は
返還後しばらくは土地利用されていた所です。

その時に、
砲台内部は利用されていたようです。

そのため、
ビールケースが残っています。

posted by mulberry at 10:38| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年12月08日

中山峠先端、父島要塞第一地帯標

DSCN3790(1).jpg


DSCN3788(1).jpg


中山峠先端部、
父島要塞第一地帯標が残っています。

現在は
草地で眺めのいい場所です。

上部には
S.M.(Strategic Mark Monument 戦略監視の碑)
2ND Z.( SECOND ZONE) 

「1だと、1ST Z.= FIRST ZONE
 3だと、3RD Z.=THERD ZONE」 

英語では第二、日本語では第一、
さてどっちなんでしょうか?

右横は 第21号
左横は 昭和16年1月10日
後ろ正面は陸軍省
と刻まれています。

父島は
いまだいくつもの地帯標が残っています。
posted by mulberry at 08:25| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年12月07日

海軍小港海面砲台

DSCN3750(1).jpg
砲台1  二十五粍連装機銃

DSCN3747(1).jpg



DSCN3742(1).jpg
八糎高角砲  1

DSCN3736(1).jpg
同    2

DSCN3737(1).jpg
狙う方向

DSCN3735(1).jpg
貯水槽とかまど


DSCN3758(1).jpg
銃眼遠望


DSCN3766(1).jpg
砲台2  十二糎高角砲

DSCN3773(1).jpg



DSCN3768(1).jpg
砲台3  十二糎高角砲


DSCN3764(1).jpg



小港南側には
海軍の海面砲台が残っています。

砲台は3つあります。

1つの砲台は
八糎高角砲2、二十五粍連装機銃1、貯水槽とかまど。

他2つは十二糎高角砲1ずつ。


陸路で行くには、
中山峠から下りますが、道はありません。

観光利用はできないエリアです。

海路では
カヤックやシュノーケルで行って、
直下から上陸すればすぐです。

ということで
戦跡ツアーで紹介することはできません。

遠望だけです。


posted by mulberry at 13:05| 東京 ☁| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

海軍標石・・電兵(兵電)

DSCN3667(1).jpg


DSCN3666(1).jpg

海軍標石「電兵(兵電)」。

ネットで調べても、同様なものが出てきません。


この標石のある周辺は
海軍通信隊と海軍航空隊通信所がありました。


ということで
電信の電でしょうかね。

すぐ近くには
3連式のかまどもありました。
posted by mulberry at 13:38| 東京 ☁| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年11月30日

石垣の砲台は珍しいかも?

CIMG1197(1).jpg

P5200007(1).jpg

CIMG1198(1).jpg


父島の夜明山は
陸軍高射砲隊が1941ごろから配備されていました。

砲台や発電所の建物など、
石垣が多用されています。

全国の砲台を見ていて、
太平洋戦争時に石垣を使っているのは珍しいように思います。

明治ならレンガ積みと石垣
それ以降はコンクリートが普通です。

ここは太平洋戦争の頃です。

いかなでしょう?

posted by mulberry at 12:05| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年11月21日

壕の中にあった「クレオソート丸」小瓶

DSCN3605.JPG


11/21  旧10/25  曇り

壕の中でみつけたクレオソート丸の小瓶。

クレオソート丸、
わかりやすくいうと、正露丸です。

効能も同じはずです。

小さな瓶です、正露丸と同じサイズだったら
中身は50粒くらいかな?



僕がこの瓶を見たのは
これで2ヶ所目。

もう1ヶ所は陸軍の洞窟陣地。

ここも
陸軍の洞窟陣地と思われます。

衛生環境の悪い場所では
重宝したでしょうね。
posted by mulberry at 09:25| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年11月20日

三日月山にある炊事壕

DSCN3603(1).jpg
6連式かまど

DSCN3604(1).jpg


DSCN3600(1).jpg
貯水槽

DSCN3602(1).jpg
ポンプ


DSCN3607(1).jpg
排気ダクト

DSCN3610(1).jpg
かまど側出入口

DSCN3606(1).jpg
クレオソート丸小瓶


植生調査の時に見つけた
炊事壕です。

6連式のかまどと、貯水槽があります。

水は外からパイプで引いています。

貯水槽は地下式なので、
ポンプでくみ上げるようになっています。

島では
6つもあるかまどは初めて見ました。

この炊事壕は
場所からすると、陸軍のものと思われます。
posted by mulberry at 11:54| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2019年11月18日

清瀬隧道の大扉

DSCN3574.JPG



11/18  旧10/22  晴れ

父島には
大村地区と清瀬地区をつなぐ大きな隧道があります。

大村隧道と清瀬隧道2つに分かれています。

1939年頃完成しました。

清瀬側には
陸軍清瀬弾薬庫や海軍奥村重油槽があります。

大村の桟橋からそういった施設をつなぐ道として
掘られたものでしょう。

清瀬隧道は戦争中に
両側に大きな扉が設置されました。

避難・居住壕として利用されたのですね。

この扉はその名残です。


現在は都道湾岸通りができて、
この隧道は歩道として使われています。

通学路にもなっています。

posted by mulberry at 08:32| 東京 ☁| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする