2020年06月13日

日産製軍用車残骸(動画)




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2020年04月26日

海軍第五砲台(夜明山)

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北側1門

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南側 観測所

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上に抜ける通路  かなり急

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南側 1

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南側2


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狙う方向  東側



海軍第五砲台は、
もとは旭山近くにありました。

露天で防空砲台として
十年式十二糎高角砲4門などが設置されました。

戦争末期に夜明山に移設。

洞窟の中に、平射砲台として3門残っています。
残りの1門はどうなったかは不明です。

3門は
南北2つの洞窟陣地に設置されています。

北側に1門、南側に2門です。

北側1と南側1は比較的原型に近く残っています。
南側1は本体と砲身がばらけています。

南側の洞窟陣地には
観測所と思われる場所もあります。


見学は
基本的に北側だけはツアーでも訪れます。

南側は足場の悪いところにあり、
ツアーではほとんど行きません。


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2020年04月23日

陸軍吹割山平射砲台

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砲台


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銃眼からの展望


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貯水槽

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入口付近、かまどと高射砲のタイヤ



4/23  旧4/1  曇り

吹割山の山裾にある
陸軍吹割山平射砲台。

壕の中には
八八式七糎野戦高射砲1門が残っています。

戦争末期に
夜明山に対空防御で据えていたものを
移設したものと考えられます。

入口付近には
かまどや高射砲のタイヤがあります。

内部には貯水槽もありました。


入口は
崩れかけて狭くなっています。

要注意です。

ここからすぐ崖下におりると
人家があります。

道路からはそれほど遠くはないですが、
入口が要注意ですね。
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2020年04月22日

海軍天狗鼻平射砲台

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高角砲  その1


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天井がドーム状


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高角砲 2


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弾薬箱


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正面方向の風景


天狗鼻(天狗ノ鼻)には、
海軍の平射砲台が残っています。

出入口は複数ありますが、
現在通れるのは崖地のすぐそばの1ヵ所です。

壕の中には
海軍十二糎高角砲が2門残っています。

銃眼からの景色は
崩れていてかなり見づらい状況です。

この砲台は、道路からすぐですが、
私有地を経るようになるので、注意が必要です。

前述の通り、
壕の入り口も足場が悪いところにあります。
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振分山崖下の海面砲台

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4/22  旧3/30  晴れ


振分山崖下の海面砲台です。

壕の中にはレールが4本だけ残っています。
据えていた砲は不明です。

こういうレールが敷かれたタイプの壕は
宮之浜、東町にもあります。

海軍の砲台と思われます。

銃眼からは
豆腐岩(左)、烏帽子岩(右)が望めます。


この陣地は
下の海岸から上がることも可能です。

陸地側からだと
扇浦方面からの道があったはずです。

現在は
私有地を経ていけば最短で行けそうです。



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2020年04月18日

奥村、「大東亜戦争海軍戦没将兵之碑」

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4/18  旧3/26  晴れ


奥村の山すそに、
「大東亜戦争海軍戦没将兵之碑」があります。

碑の文字は薄れて
かなり読みづらくなっています。


墓は15基。
1人を除き、戦時中に亡くなっています。

所属は
2名を除き、303、209設営隊の方です。

15基の墓のうち、1基だけ大きめの墓があります。
その方は材命中、将校(少尉)でした。


建立の日付は不明です。

復員者の証言によると、
昭和21年1月ごろまでにはまだなかったようです。
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2020年04月08日

父島海軍航空隊送信所

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内部全景

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装置台座  1


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装置台座 2

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天井部


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部屋のある部分


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1階部分


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外側


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貯水槽


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外灯?


父島夜明山北部に残る
父島海軍航空隊送信所跡。

大きな建物がしっかり残っています。

大きな柱が3本で支えられています。

入口や窓の扉は全部はずされていて、
一部だけ建物内に残っています。

広いスペースには
大きな装置(発電機?)の台座2つあります。

天井部には
チェーンブロック支えるH鋼があります。

部屋は
1階に3部屋、2階に1部屋と広い踊り場があります。

壁には赤い字の落書きがあります。

日付は返還からすぐのころのもので、
現存する島民の名が書かれています。
日本名K.Kさんです。

この建物の近くには貯水槽があり、
斜面上部にアンテナの台座部分もあります。

ここは
海軍通信隊送信所とはまた別です。


アンテナ台座
https://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/474451745.html
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2020年04月07日

父島海軍航空隊送信所アンテナ土台

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アンテナ土台

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同 下から見上げる


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同 下方にあるの陸屋根が航空隊送信所


夜明山北側にある
父島海軍航空隊送信所跡。

現在の
天文台電波望遠鏡の近くにあります。

建物と貯水槽が残っています。

そこからほど近い斜面上方に
アンテナの土台だけ残っています。

アンテナそのものは
全く残っていません。



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2020年04月04日

与那国島 「平和之塔」

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平和之搭


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碑の前は与那国小学校




2020年3月、与那国島訪問。

家族での観光目的です。

戦跡や碑として見つけられたのは
与那国小学校脇にあるこの「平和之塔」だけでした。


資料によると、
与那国町遺族会による建立で、
701名の犠牲者があったそうです。
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2020年3月、波照間島戦跡(碑)

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大東亜戦転身記念碑



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裏面


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学童慰霊碑


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裏面





2020年3月、波照間島訪問。

島内散策がメインで訪れました。

戦跡は
碑を2つ見た程度でした。

大東亜戦転身記念碑と学童慰霊碑です。


転身記念碑は
フィリピンから脱出して
この島に無事たどり着いた人、遺族が建立したそうです。

転身なんて言葉を使いますが、
要は撤退・撤収です。

学童慰霊碑は、
この島から西表に疎開させられ
マラリアで亡くなった学童の慰霊です。
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2020年3月、石垣島戦跡

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海底電線陸揚げ室


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内部


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説明板


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すぐ下の浜


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掩体壕 遠景


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内部


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内部から外方面


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登野城国民学区奉安殿


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説明板



2020年3月、石垣島訪問。

家族旅行のため、
戦跡はマニアックには責めませんでした。


電信屋(海底電信陸揚げ室)・崎枝、
飛行場掩体壕・大浜、
登野城国民学校奉安殿・大川など3ヵ所ほどです。

掩体壕は畑の脇で樹林の中に埋没してあり、
地元の人がいないとまず見つけられません。

他の2ヵ所は
説明板がありました。

機会があれば、
他の場所もいくつか行きたいところを残しました。

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2020年03月30日

波照間島戦跡

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学童慰霊の碑

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大東亜戦転進記念碑


3/29日帰りで波照間島。

戦跡と言うほどでもないですが、
2つの慰霊碑を見てきました。

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2020年03月28日

3/29石垣島戦跡

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海底電線陸揚室

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掩体壕

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奉安殿

3/28石垣島

ドライブしながら
戦跡も立ち寄りました。

掩体壕は藪の中。
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2020年03月26日

与那国島平和之塔

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与那国島、
与那国小学校そばにある
平和之塔です!

明日は
もう少し戦跡探してみます。
posted by mulberry at 17:20| 東京 ☀| Comment(0) | 戦跡 | 更新情報をチェックする

2020年03月06日

陸軍巽崎観測所

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観測所外部

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入口

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内部

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内部


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観測場所

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視界

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途中の電信柱


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軍道の標石

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砲台跡か?

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陸軍巽崎観測所。

ここは父島の
最南東部にあります。

1932年、
大村第一砲台の観測所としてつくられました。

かつては軍道が整備されていました。

現在は
天之浦からの先の急斜面が崩落していて、
行くことすら困難な状態です。

途中は
道の名残があったり、電信柱、標石などが残ります。

観測所内部は
高山観測所とほぼ同じ形状です。

さらに岬先端部に
砲台跡と思われるような跡もあります。

ここは何があったかまだ未確認です。


巽崎、行くことすら困難で、
観光ルート外でもあるので、案内はできません。
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2020年03月05日

トヨタの社章はカタカナ・トヨタ

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トヨタの社章が
軍用車のエンジンに刻印されています。

http://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/automotive_business/products_technology/vehicle_lineage_chart/trademarks_and_emblems/

このマークは、1936年に公募で制定され、
現在も社章として使われています。

このころから社名も
トヨダからトヨタと濁らなくなったのですね。

創業者やその子孫の現在の社長さんは
豊田(とよだ)さん。

1989年以降は
車には新トヨタマークが使われています。

なので、
この社章はあまり見る機会はありません。

たまにニュースなどで
カタカナのトヨタの旗が出てくる時があります。

それがこの社章です。
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2020年03月04日

戦車の砲塔

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3/4  旧2/10  晴れ

大根山の山中、
埋没するかのように残る戦車の砲塔部分。

なぜか、
このエリアにはほかにもあったりします。

洞窟陣地の縦穴の上に
すえているところもあります。

戦車についてはまだ不勉強で
きちんと型式まで把握していません。

当時、
島に戦車はなかったと聞きます。

ゆえに
砲塔だけをいくつか島に運んだのでしょう。
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2020年03月02日

洲崎飛行場飛行機格納庫(洞窟)

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第一格納庫  内部


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同 入口

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同内部  陸軍高射砲残骸

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同内部  高射砲残骸

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高射砲架台のタイヤ  ブリジストン

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同内部 銃眼

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同内部 貯水槽


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第二格納庫


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第三格納庫


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同 機関砲台座



洲崎飛行場に隣接する振分山の崖地に掘られた
飛行機格納庫跡。

3つの大きな穴が残ります。

現在、
出入りできるのは第一格納庫からだけです。

他は塞がれています。

結局格納庫としての利用はなかったようです。


第一が高射砲の銃眼、第二は塞がれ、
第三が機関砲の銃眼が残っています。


ここは海岸沿いにありますが、
洲崎から足場の悪い山道を抜けていきます。
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2020年02月16日

道端に残る要塞神社碑

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都道沿いの道端にある
要塞神社碑。

祠の基礎なども
下の方の林内にあるようです。

私有地がらみもあるので、
僕はまだ未確認です。

当時は手前に要塞司令部があって、
その奥にこの神社がありました。

祠の場所からは、
この碑はかなり上にあります。

ではなぜここにあるのか?

これ碑だけ
上の方に運ばれたのでしょうか?

あるいは
ここから神社に降りる道があったとか?

謎です。

なお、裏面は
第十二代・・ 陸軍大佐・・ までわかります。

はがれているところも含めて
「第十二代要塞司令官 陸軍大佐川上護」
となっていたと推定されます。


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2020年02月12日

岩ノ鼻(千尋岩)砲台

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砲台 1


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砲台 2


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監視所?

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砲台のある崖


千尋岩からほど近い崖地に
銃眼が3つほど見えます。

そこは
陸軍の八八式七糎野戦高射砲が2門残っています。

どちらもかなり壊されています。

入口も
崩れて塞がりかけています。

ルートから離れていて、
今は行くこともなくなっていしまいました。

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