2019年01月30日

大久保利通、撰文・篆額の碑(開拓小笠原島之碑)

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開拓小笠原島之碑(小笠原開拓碑)

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篆額

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本文・臣利通

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署名・大久保利通撰文ならびに篆額


明治維新の3傑のうち、
大久保利通が小笠原に足跡を残しています。

といっても、来島したわけでなく、
碑への撰文やそ篆額です。

扇浦にある
開拓小笠原島之碑(小笠原開拓碑)がそうです。


大久保利通の名は
本文で「臣利通」として出てきます。

碑文最後には
「大久保利通撰文ならびに篆額」として刻まれています。

ぜひ訪ねて見て下さい。

碑文もまだしっかり読めます。

http://bunkazai.metro.tokyo.jp/jp/search_detail.html?page=1&id=416


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2019年01月21日

知る人ぞ知る、藤森圖高(藤森図高)之碑

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篆 田辺太一 撰・書小花作助

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案内板


扇浦にある藤森圖高之碑。
名前の読みは「とこう」となっています。

立派な案内板があるにもかかわらず、
場所はわかりにくい状態です。

道もついてはいますが、
雑草などがしげる状態。

知る人ぞ知る状態。

これでは
訪れる人もあまりいないでしょうね。

史跡に指定もされていません。

碑の面もはがれている箇所があります。


藤森氏、何者かというと、
明治政府から東京府に移管されたときの
東京府小笠原出張所初代所長です。

在任中の明治14年6月18日に病没。
享年36歳。

それゆえ、
明治政府の小笠原開拓にかかわった
田辺太一が篆額、小花作助が撰文・書なのですね。

奥村には墓もあります。


この碑は、小笠原支庁の管理下において、
きちんと整備するのがいいのかもしれませんね。

大大大先輩として。
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2018年12月19日

時雨ダムと時雨滝

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12/19  旧11/13  晴れ

躑躅山北部の稜線から見下ろした風景です。

左のダムが時雨ダム。
返還後できたものです。

そこから右下に続く谷の最後当たりが
時雨滝(時雨の滝)。

時雨の滝とは
幕末の探検隊がつけた名称です。

冬場の探検だったので、
水量が少なかったようです。

この滝の手前あたりの谷は
野伏間谷。

オオコウモリがいたようです。

昼間に見ているはずなので、
ねぐらになっていたのでしょうね。
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2018年11月20日

「小笠原凧」作り方教室(4回目)

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4回目の教室。

作業がはかどらず、
完成まではいきませんでした。

まず
調整した張糸をきちんと結びました。

そのあと、糸目調整。

バランスのいい調整が
なかなかむずかしい。

ここは
指導の方に調整してもらいました。

このあとは糸目の仕上げ。
次回で間違いなく完成ですね。




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2018年11月19日

「小笠原凧」作り方教室(3回目)

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糸目つけ


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張系つけ


11/19  旧10/12  晴れ

11/18夜、
3回目の作り方教室。

この夜は
たこ糸を使って、糸目付けや張糸付け作業。

細かい作業で
老眼にはつらい作業です。苦笑

糸のしばり方が
いまいちわかりにくいですが、まあなんとか・・・。

今夜は張り糸や糸目を調整します。

いよいよ完成までいくでしょうか?


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2018年11月13日

「小笠原凧」作り方教室(2回目)

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11/13  旧10/6  曇り


「小笠原凧」作り方教室2日目。

前回、色塗りが終わりました。
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/462681093.html

今回は
骨組み・紙貼りまで作業しました。

骨組みがやや面倒でした。

12年前は
糊で直接紙に貼りました。

今回は
まず骨組みだけをガンを使ってとめて、
それから糊で神につけました。

写真は今回の終了時です。


ここまでは順調。
次回からは糸付けです。

あと1-2回で完成します、きっと。
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2018年11月12日

「小笠原凧」作り方教室参加

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複数回に分けて実施の
小笠原凧作り方教室。

小笠原凧保存会による講座です。

昨日は
下絵・蝋書き・色塗りまでやりました。

凧なので、
昔風の絵がいいなと思っていました。

12年前と同じ、
「やんすけとやんすけとやんすけと」にしました。
http://ogasawara-mulberry.com/sub3-25.htm

色は
絵本の色使いとは違っています。


この後も、
引き続き、完成目指して頑張ります。
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2018年10月31日

静岡県掛川城・掛川城御殿

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天守

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登城路と天守

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御殿から見る天守

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内部

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内部最上階

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展望西側 富士山が遠くに見えます

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展望南側  直下は御殿

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大手門


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御殿

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見取り図

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御殿内部


2018年10月、
静岡県掛川城へ。

掛川城と御殿を見学しました。

天守は
復興ですが、木造天守です。

高台にあり、眺めも良好です。

視界がいいと、富士山も遠望できます。
ちょっと高圧鉄塔と電線がじゃまですが・・

http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kankou/spot/rekishibunka/kakegawajyo.html

http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kankou/spot/rekishibunka/kakegawajyogoten.html
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2018年09月12日

かつてあった兄島空港案

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とある場所に
飾ってあった写真です。

かつてあった兄島空港案の
完成写真。

とても懐かしい写真です。


父島と兄島には橋が架かっています。

父島側は
高校の坂を上り、釣浜口の上です。

兄島側は
タマナビーチの上くらいでしょう。

そこから東の方に道が延び空港へ。

僕の記憶では
橋の部分は、ロープウェイ案だったのを覚えています。


もうこの案は永久にありません。苦笑



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2018年08月15日

小笠原諸島戦没者追悼之碑「鎮魂」

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8/15  旧7/5  晴れ


8/15、終戦から73年の朝。

車で通ったので、立ち寄りました。

小笠原諸島戦没者追悼之碑「鎮魂」。

島に住んでいると、
いまだに、至る所に戦跡が見られます。

父・母は地上戦がなかったとはいえ、
島の周辺には多くの沈没船があります。

沈没船では
数千人の死傷者が出ています。

そして硫黄島は戦場になり、
多くの将兵・軍属がなくなりました。

小笠原の住民は強制疎開させられ、
直接には戦禍に巻き込まれていません。

しかし、返還まで、
ほとんどの方が戻れませんでした。


観光で来島の方は
こういうことを知らない方が多いです。

島の人は
もっと伝えたほうがいいと思います。

鎮魂・合掌


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2018年07月30日

咸臨丸終焉の海・・北海道木古内町サラキ岬

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咸臨丸モニュメント

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咸臨丸終焉の碑

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説明版

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終焉の海 案内板

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終焉の海



小笠原にも縁のある咸臨丸。

1871年、開拓移民を乗せて航海中、
木古内町サラキ岬で座礁沈没しました。

現在、その地に、
モニュメント・案内板などがあります。

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2018年06月30日

大屋政太郎氏

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6/30  旧5/17  曇り

大屋政太郎氏、
多分、今の島内で知る人はいなはずです。

知ったのは、僕だって最近です。

記事にはすでに書いていますので
実は2回目です。

大屋政太郎氏、
2つの二宮像の寄贈者です。

捕鯨会社の方だったようで、
責任者とか役員だったのかしら?

二宮像の説明するとき
寄贈した方ののお名前を紹介できていません。

今度こそ、しっかり覚えておきますよ。




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2018年06月28日

小笠原行幸啓(2004年2月13日)、夕食メニュー

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前菜 アオリイカとアカバ(アカハタ)のマリネ


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パンピキンスープ

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グリーンサラダ 和風ドレッシング


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ヒメダイのソテー ハーブソース

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牛ひれ肉の照り焼き  和風ソース

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デザート パッションフルーツと(アイスコーヒー)



天皇皇后両陛下は
2004年(平成6年)2月13日、父島で宿泊されました。

宿はホライズンホテル。


そこの夕食メニューがこれです。


このホテルでは
入港3日目の夜は、主にこのメニューのようです。
(夏場はバーベキューの日もあり)


僕の感想。

コース料理で、島の食材は使われていますが、
特別豪華な感じはなく、普通(庶民的)のメニューと感じました。

価格的にも、
それほど特別な価格ではないと思います。


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2018年06月25日

村役場にはためく八丈町旗

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6/25 旧5/12  晴れ


この便は八丈島寄港便です。

八丈島から150人ほどの方が来島。


村役場では、
国旗を真ん中に、左が小笠原村旗、右が八丈町旗です。

八丈の文字を
鳥形に意匠されています。

小笠原は開拓時代、
八丈島をはじめとする伊豆諸島からの移住者が多くいました。

その後の、
強制疎開で八丈島に戻られた方も多くいると聞きます。

そういった経緯の下、
年に一度、寄港便があります。

この便は天気・海況に恵まれています。
よかった。
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2018年03月28日

二宮像寄贈者・・大屋政太郎氏

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3/28  旧2/12  曇り

小笠原中学校の二宮尊徳(二宮金次郎)像は
戦前、地元の方からの寄贈ということを書きました。
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/458356863.html

さらに、
寄贈者は大屋政太郎氏ということもわかりました。
http://www.ogachu.que.ne.jp/gakkoudayori/H29/gakkoutayori201706.pdf

もう一度、像を確認すると、
確かに名前がありました。

左足の後ろで像を支える部分に掘ってありました。

大・屋・政まではわかりますが、
太・郎はかなりわかりにくいですね。

これで、すっきりしました。笑
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2018年03月27日

小笠原中学校の二宮尊徳像

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3/27  旧2/11  晴れ

小笠原中学校には
二宮尊徳(二宮金次郎)像があります。

戦前、
扇浦尋常小学校にあったものです。

大村尋常小学校のものとともに
地元の方が寄贈したそうです。http://www.ogachu.que.ne.jp/gakkoudayori/H29/gakkoutayori201706.pdf

2006年に千尋とともに撮った写真です。
7歳児と同じくらいです。
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/386992450.html
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/upload/detail/image/CIMG8069-thumbnail2.JPG.html

夜明山の首なし像もこの顔しているんです。
顔は今はいずこ??。
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2018年02月19日

おがさわら丸にも返還50周年ロゴマーク

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2/19  旧1/4  晴れ

おがさわら丸は
1月後半、ドック入りしました。

ドック明けに戻ってくると、
操舵室のすぐ下に返還50周年のロゴマークがついていました。

船首側にあって、目立っています。

今年は
50周年記念のイベントが目白押しです。
http://50th.anniv-ogasawara.gr.jp/

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2017年10月27日

「行幸記念碑」(昭和天皇)

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10/27  旧9/7  曇り

平成も29年ともなると、
20代以下の人には昭和天皇は実感のない人。

僕は昭和37年生まれですから、
ちゃんと実感があります。
(直接目の前で見たことはないですが・・)

ちなみに
昭和天皇の行幸は戦前です。

昭和2年7月30日から8月1日にかけて。

この場所は大村尋常高等小学校があり、
そこを訪問されています。

戦禍で碑の下半分がなくなり、
のちに元のように作り直したものです。
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2017年10月25日

「行幸啓記念」碑(今上天皇・皇后)

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10/25  旧9/6  晴れ

お祭り広場には
この行幸啓記念碑が建立されています。

となりには
昭和天皇の行幸記念碑が並んでいます。

昭和天皇の行幸のときは
ここに大村尋常高等小学校があり、そこを訪問されています。

昭和2年7月30日から8月1日にかけて。

今上天皇・皇后のときは
そばのビジターセンターを訪問されています。

平成6年2月12-14日にかけて。(硫黄島を先に訪問も)

いつしか
20年以上も経ってしまいました。

天皇・皇后両陛下、近いうち、譲位されるようですが、
いつまでもお元気でいていただきたいものです。

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2017年09月22日

日米間海底電信線の残骸

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9/22  旧8/3  曇り

宮之浜の海底には
古い電信線の残骸がまだあります。

写真で
直線上になってるのがそうです。

1906年、日米間海底電信線が開通しています。

本州から小笠原を経由し、
グァム、ハワイ、サンフランシスコとつながっていました。

日本側は
本州と小笠原をつなげました。

小笠原から先は
アメリカ側でつなげていました。

その電信線の残骸です。
もう100年以上たっているんですね。

直径5cmほどのケーブルです。
http://ogasawara-mulberry.seesaa.net/article/386992465.html
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