2017年06月22日

月桂冠の一升瓶

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6/22  旧5/28  晴れ

山中に残る一升瓶。
茶色と青色タイプがあります。

中身は
日本酒もあれば、醤油のような調味料もあります。

刻印がついていれば、なんであったか明白です。

これは、月桂冠。日本酒ですね。

古い証拠は字が右から左です。

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2017年06月21日

大日本ビールの瓶

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父島の山中、
わりとよくあるビール瓶です。

DAINIPPON と刻印されています。

現アサヒ、エビス、サッポロ、サクラが合併した会社なので、
当時のシェアはかなり高かったようですね。

ですから、
父島ではキリンよりも多く出てきます。
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2017年06月19日

サクラビールの瓶

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6/19  旧5/25  曇り

かつて
山の中にあったサクラビールの瓶。

今はもうそこでは見つかりません。

小笠原海洋センターの戦遺品展示コーナーに
1本ありました。

九州の会社だったのですね。

戦前に大日本麦酒と合併し、
現在はサッポロビールが継承しているのですね。
http://www.suzukishoten-museum.com/profile/cooperative_firm/sapporobeer/
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2017年06月13日

軍用トラックの残骸byニッサン

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父島の南部、軍道あと(現在は歩きだけの山道)には、
戦時中の軍用トラックの残骸複数台が残ります。

日産かトヨタです。

この写真のは日産です。
エンジンにニッサンと刻印されています。

トヨタのは
社章(丸の中にカタカナのト・ヨ・タ)が入っています。
1937年から使われています。
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2017年05月23日

山中に残るレールや車輪

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父島の山中には
何カ所かトロッコのレールや車輪が残るところがあります。

父島に多く残る洞窟の中には
レールが敷かれたままのところがいくつかあります。

レールの奥は行き止まりになっています。

これは
掘削中だったことが推定されます。

日本各所の鉱山跡を見学しても、
中にトロッコを引き込んでいるところがよくあります。

掘削した岩石などを
外に運び出すのに使われたものと考えます。
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軍隊の洞窟の形の違い(父島と人吉海軍航空基地)

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5/23  旧4/28  雨

戦時中の洞窟の形にもいろいろあるということを
意識したのが人吉海軍航空基地跡を訪ねたときでした。

それまでは
形を意識したことがなかったです。

まず人吉で見たものは
全体に丸みを帯びたものが主体でした。

父島も
確かに天井のほうはやや丸みを帯びてはいます。

でも、全体としても見ると、
角がある感じで掘られているのが多いようです。

地質の違いもあるのでしょう。

人吉は火山灰が積み重なった地質で、
やわらかそうでした。

父島は溶岩で、安山岩やデイサイト、
硬い岩盤です。

そんな違いが掘り方にも出ているのではと
考えた次第です。

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2017年05月16日

2017年5月、内地戦跡研修旅行

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5/16  旧4/21  曇り

5/7-5/12で、
関西、九州各地の戦跡をめぐりました。

5/8は和歌山・加太の深山砲台跡。

5/9-10は熊本・錦町の人吉海軍基地跡。

役場の方などにお世話になりました。
多くの立派な壕が残っていてびっくりしました。

5/11は大分・佐伯市周辺
仙崎砲台、丹賀砲台、鶴見崎砲台、佐伯海軍航空隊関連など。

5/12、宮崎・平和の塔(八紘一宇)。

静かな森を歩きながら、戦跡を見て回りました。

ヒマを見つけてアップして行きます。
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2017年05月12日

宮崎 平和の塔

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平和台公園、
平和の塔

八紘一宇の文字
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2017年05月11日

大分県 鶴見崎砲台跡

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鶴見崎砲台の観測所跡
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丹賀砲台

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大分県 丹賀砲台跡
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大分県 仙崎砲台跡

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仙崎砲台跡です❗
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2017年05月10日

人吉海軍航空基地跡

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作戦室
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2017年05月08日

由良要塞 深山第一砲台

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和歌山県加太にあります
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2017年04月05日

四五式二十四糎榴弾砲

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そばにあるスマホは12.5pほどです。

二十四糎榴弾砲なので、
この砲身は24pぐらいです。

比較があると、大きさがわかりますね。

この公園は
もともとこの榴弾砲があった場所ではありません。

戦時中に、
大村地区から時雨山の方に移されています。

僕は
ここに運び込まれてきた経緯はよく知りません。

気になりますね。笑
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2017年03月27日

夜明山海軍通信隊送信所跡

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3/27  旧2/30  晴れ

夜明山には
海軍通信隊送信所跡が残っています。

大きなコンクリート製建物が2棟、
平屋のコンクリート・レンガ併用建物1棟、
三角屋根だった建物の基礎1棟です。

道沿いからのぞける大きな建物の内部です。

送信のための発電機が据えられていたのでしょう。

とても大きな機械だったようです。

なお天井から破片ン落下の危険がありますので、
見学は入口だけにとどめるのが無難です。
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2017年03月24日

壕の中でも枕状溶岩

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3/24  旧2/27  どんより

朝のうち、
入ったことがない洞窟陣地を調査しました。

この場所は
外側の岩場が枕状溶岩です。

中の洞窟も
岩盤はやはり同じ模様でした。笑

当たり前といえば当たり前ですが、
枕状溶岩は金太郎飴のようにずっと中まで続いています。
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2017年03月13日

時雨山四五式二十四糎榴弾砲

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3/13  旧2/16  曇り

10年ぶりくらいでここを訪れました。

時雨山四五式二十四糎榴弾砲です。

以前より、
明らかに落葉などで埋まっています。

時雨ダムからほどい近いところにあります。

リクエストがあれば行けなくもないです。

なお二十四糎榴弾砲の残骸は
大根山公園にもあります。

この砲台は2門あったようですが、
1門はダム建設の時に埋まってしまったようです。
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2017年03月04日

巽谷砲台・・十二糎榴弾砲

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巽谷砲台、
千尋岩コースの帰路、たまに立ち寄ります。

往復で30分ほど時間がかかるので、
余裕のある時だけですね。

西側1、東側2、洞窟砲台があります。
ただし洞窟内に残っている榴弾砲は2門です。

写真は西 側のものです。
三八式十二糎榴弾砲のようです。

砲自体は破壊されてバラバラです。

戦跡ツアーでは通常ここは行きません。

往復に2時間近くかかりますので、
それでもよければリクエストしてください。
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2017年03月01日

八八式七糎野戦高射砲

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3/1  旧2/4  晴れ

戦跡マニアには、垂涎ものです。

山の中の洞窟陣地に眠る
実物の八八式七糎野戦高射砲です。

まだ若干ですが、表面の塗装も残っています。

僕も国内のあちこちの戦跡をめぐっていますが、
小笠原はすごいと思います。
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub14-4.htm
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2017年02月20日

洲崎飛行機地下格納庫跡

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戦時中、
洲崎には海軍の飛行場がありました。

戦争末期には
飛行機の地下格納庫として洞窟が掘られました。

しかし、
この洞窟は格納庫として使われることはなかったようです。

中は3つの洞窟が横につながっています。
1つはできていますが、ほか2つは未完成。

現在、中は入る入口は1つしかありません。
大きな開口部は
コンクリートで銃眼を残しふさがれています。

その入口に一番近い洞窟には
野戦用の大砲の台車が残っています。

ここには当時の飛行機が3機入れられるサイズです。
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